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Beautiful Koala 彰考往来

歴史と旅行を愛するコアラの「宝箱」

岡田三郎助に学んだ、画家・中村研一の足跡を追いかけ、はけの森へ(小金井市 中村研一記念美術館)

About Trip (旅) About Art (美術鑑賞)

その絵は、猪苗代湖の湖畔にほど近い

とあるホテルのバンケットルームに

飾られていた。

 

誰からも目を留められず

寂しげにただじっと、時をやり過ごしているかのような

この絵を目にした時、なんとも言えない気持ちに包まれた。

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ヴラマンクを思わせる、重厚感。

佐伯祐三の描く、パリの景色から伝わってくる、独特な詩情。

 

そして「白の時代」のユトリロが描き出す、静謐さ。

 

一瞬にしてそんなことを心に思い描いてしまうほど

その絵は、私の心に入り込んできた。

 

 

 

K.Nakamura

 

 

絵の片隅に、画家のサインを見つけた。

 

絵画展や美術館に足を運ぶことは多けれど

絵からこんなに何かを感じたのは

久しぶりのことだった。

 

この絵を描いた、K.Nakamuraこと、画家の中村研一。

 

私が心惹かれ続ける画家・岡田三郎助と関連があると知り

居てもたってもいられず、小金井に向かった。

 

JR武蔵小金井駅から徒歩15分。

 

かつて中村研一が暮らしたアトリエは

美術館となっていた。

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▶︎ はけの森美術館小金井市中町1-11-3 )   開館時間 : 10:00~17:30

 

 

はけの森美術館

 

 

 

『俘虜記』『レイテ戦記』『野火』など多くの

戦争文学作品で知られる作家・大岡昇平の描く

恋愛小説『武蔵野夫人』は、この街が舞台だ。

 

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▶︎『武蔵野夫人』大岡昇平著(新潮社刊)

 

小学生のころ、父の書斎にこっそり入り込み

そっとページをめくった、数々の本たち。

 

この『武蔵野夫人』は、同氏の著作『青い光』と並び、

描かれていること全てが、何1つ理解できない世界だった、

そんなわずかな記憶が残っている。

 

 

 

「土地の人はなぜそこが『はけ』と

呼ばれるかを知らない」

 

 

「はけの森美術館」の看板を目にした時

ふと『武蔵野夫人』の冒頭フレーズを思い出した。

 

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この付近に広がる「武蔵野台地

 

ここには、南を流れる多摩川、そして北を流れていた

古代の多摩川とが作り出した、2種類の河岸段丘があり

その数メートルの高低差を「はけ」と呼ぶ。

 

坂道の多い港区エリアで育った私にとっては、

「はけ」と「坂」の住み分けはわからずとも、

この高低差のある風景が、なんだかとても馴染み深く

心地良いものに感じられた。

 

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「はけの森美術館」は、中村研一作品のほか

 年1~2回の企画展を開催している。

 

開館10周年記念である、今回の企画展

「風景への視線」は、奇しくも今年8月に訪れた

郡山市立美術館所蔵のイギリス風景画たちが

主役のようだった。

 

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▶︎郡山市立美術館(写真右手)とアートな中庭(2016年8月9日訪問・撮影)

 

 

イギリスを代表する、風景画家のターナー作品

(ジョゼフ・マロウド・ウィリアム・ターナー)ほか

ジョン・コンスタブル、サミュエル・パーマー、

トマス・ゲインズボロなど、郡山で出合い学んだ

イギリス人画家たちの作品が並ぶも

 

数ヶ月前に、私が郡山で鑑賞させていただいた

常設展(平成28年度 第2期)の作品とは

1点も重複することはなかった。

 

中でも心に強く残ったのは、イギリス人画家の目を

通して見た、日本の明治の風景だった。

 

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▶︎「箱根の秋」パーソンズ  アルフレッド・ウィリアム (1847~1920)

郡山市立美術館公式ホームページより

 

 

「箱根の秋」

 

 

箱根に行った数々の思い出が、懐かしく蘇る。

私にとってこの景色は、「仙石原」だ。

 

明治25年(1892年)に来日し、各地をスケッチして

まわったパーソンズは、元々は花専門の画家。

 

バラの研究家・栽培家として知られていた

エレン・ウィルモット(1858~1934)の依頼により

植物図譜『バラ属』(The Genus Rosa)の図版を制作

したこともあった。

 

辛口批評で有名なウィルフリッド・ブラントは

『植物図譜の歴史』の中で、パーソンズの図版について

同じく植物画家として名声を得た、

ピエール=ジョゼフ・ルドゥーテを引き合いに出し

以下のように述べている。

 

「 ルドゥーテの描いた『バラ図譜』の中の最良の図版は

美術作品として傑出しているかもしれないが、

植物学者はアルフレッド・パーソンズ

ウィルモット著『バラ属』に描いた絵の方により満足する」 

  

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▶︎「西洋紳士のスケッチの図」チャールズ・ワーグマン (1832~1891)

郡山市立美術館公式ホームページより

 

 

  

西洋紳士のスケッチの図

 

 

幕末から明治初頭にかけての海辺の風景が

味わい深く描かれた、この1枚の絵。

 

海を見つめ、キャンバスに絵筆を走らせる

西洋紳士の横にじっと追従する

イングリッシュポインター

 

その後ろには、髷姿の男性ーー。

なんとなく幕末を生きた画家・高橋由一を思わせる絵だ。

 

江戸時代の面影を残す日本人と西洋人。

 

数々の建築物を残した、ジョサイア・コンドル

西郷隆盛大村益次郎を描いた、キヨッソーネ。

 

「日本近代法の父」と呼ばれた、ボアソナード

大森貝塚を発掘した、エドワード・モース。

 

幕末から明治にかけて、日本の近代化のために

力を尽くした「お雇い外国人」たちが続々来日したのは

この絵の描かれた時代だったのかもしれない。

 

 

この絵を描いた、チャールズ・ワーグマンは

「報道記者」であり「画家」だった。

 

彼の指導を受けた人物には

“ あの鮭の絵の人” こと、高橋由一

写実主義を貫いた、天才画家・五姓田義松がいる。

 

彼らの「ワーグマン先生」は、

幕末から明治にかけ、自らが遭遇した

事件の数々を描き、文をしたため、

居留地に暮らす外国人たちに伝えていた。

 

 

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 ▶︎チャールズ・ワーグマン画

水戸藩脱藩の攘夷派志士たちの襲撃を受けた 東禅寺事件当日の様子。

 左で柱の陰に隠れているのが、イギリス公使オールコック

 

 

文久元年(1861年)5月28日 午後10時

 

 

江戸の高輪・東禅寺

 

水戸藩脱藩の攘夷派志士たち14名が

イギリス公使館とされていた、東禅寺を襲撃。

 

その現場にワーグマンも遭遇したのだった。 

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▶︎港区高輪・東禅寺さん前に建つ「イギリス公使館跡」の石碑

私の五世祖父もこの場所に、松平乗全公と訪れたかもしれない

(2014年1月3日自宅から徒歩にて訪問・撮影)

 

 

当時、外国奉行支配下にあり

幕命により東禅寺を警護していたのは、

大和郡山柳沢保申家(柳沢吉保末裔)と

三河西尾藩 大給松平乗全家(井伊直弼時代の老中)

の家臣団、総勢200名。

 

大和郡山藩、西尾藩士たちは

斬りかかる、水戸浪士たちに応戦し、

これを鎮圧したのだった。

 

江戸時代前期より、大給松平家に仕えた我が家。

 

f:id:koala555:20161119152617p:plain ▶︎ 私の先祖たちが代々お仕えした、三河西尾藩大給松平氏の居城

復元され「西尾市歴史公園」として蘇った(2016年4月30日訪問・撮影)

 

 

私の五世祖父(曾祖父の祖父)は、この時期、

幕府の老中でもあった主君・松平乗全公の近習(側近)

として、常に主君の身辺を警護していた。

 

事件後の翌日、江戸藩邸から

現場の東禅寺にかけつけたかもしれない。

 

この事件で、特に功績のあった西尾藩士たちは

幕府から賞詞を受けた。

 

杉戸助右衞門、初谷良吉、鈴木鬼子助、村山勝之進。

 

彼らは、30年近く後の明治22年(1889年)

イギリス皇帝より、銀製賞牌と金子若干が

贈られることになる。

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▶︎西尾市歴史公園内にある 「西尾市歴史資料館」(愛知県西尾市錦城町229)

100年以上の歳月を超え、遠い遠い昔の家族たちの「ふるさと」の地を踏みしめた

 

中村研一の油絵を追いかけ、おとずれたこの小金井で

祖が直面した史実を伝える 「報道絵画」を描いた人物の

油絵に出合えたことは、本当に嬉しかった。

 

肝心の研一作品は、水彩画で10点ほどだった。

 

それでも何かと発見があり、やはり美術鑑賞は

心を豊かにしてくれる、と実感した。

 

 

 

また、あそびにいらしてね

 

 

研一と富子夫人に笑顔で送り出された、そんな気がした。 

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▶︎「自画像」  中村研一(1958年)   はけの森美術館

 

 

この「はけの森美術館」までの道中、

地元のマダムとお話する機会があった。

 

五色沼に紅葉を観に行った際、中村研一の絵と

出合い、心惹かれここまで来たことを話すと

笑顔で聞いて下さり、色々なことを教えてくれた。

 

研一亡き後、富子夫人が懸命にその作品たちを

守ろうと東奔西走し、「中村研一記念美術館」を

開館させたこと。

 

最後は守りきれず、小金井市に寄贈したこと。

 

美術館には、研一の絵画のほかにも

編み物好きだった富子夫人の

作った作品などもあり、とてもあたたかい美術館だと

にこやかに話して下さった。

 

お子さんのいらっしゃらなかったお二人には

それがちょっとしたデッサン1つであっても

「2人で過ごす時間」が生みだした、

大切な子どもたちだったのかもしれない。

 

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▶︎ 「婦人蔵」  中村研一 (1963年) はけの森美術館

この絵のほか、富子夫人をモデルに多くの作品を遺している

 

 

「お天気の良い日に、足を運んで

美術館を観た後、中庭にある一軒家のカフェで

美味しいケーキやおしゃれなキッシュをいただくのが

とても愉しかったわ」と少女が大切な「秘密」を

そっと教えてくれるように、私に笑顔で言った。

 

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▶︎ はけの美術館横にある、自然豊かな「美術の森」

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▶︎この先に素晴らしい庭園が広がる。中庭には、今年3月末まで

「オーブン・ミトン カフェ」として営業していた、一軒家がある

 

文学作品の『武蔵野夫人』のことは

歳を重ねた今でも多分理解できないけれど

 

今日この街で出逢った、ベビーピンクの帽子が似合う

色白の優しくかわいらしいあのマダムが

私の中の「武蔵野夫人」となったことは

いうまでもない。

 

今度こそ、研一の油絵を観なくちゃ。

その時は閉店してしまった

「はけの森美術館 オーブン・ミトン カフェ」が

復活していますように。

 

研一と富子夫人の面影を感じながら

緑豊かなこの場所で

ゆっくりのんびり素敵な時間を過ごし

 

マダムが嬉しそうにそっと教えてくれた

「秘密」のキッシュやシュークリームを

いただいてみたい。

 

そしてその時そこでまた私の中の

「武蔵野夫人」と再会できたらーー

  

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中村研一記念 小金井市  はけの森美術館

 

開館10周年記念 企画展「風景への視線」  

ーー郡山市立美術館所蔵 近代イギリス風景画展 

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   ~平成28年12月18日(日)まで 開催中